初期の携帯型電卓・ポケット電卓(1970年代前半)

当初大きな机を占領するほど大きかった電卓もLSIを利用することで大幅な小型化が実現した。
そうした中で各社の取り組みは、より小型で持ち運びが可能な「携帯型電卓」、さらに胸ポケットに入れ常に携帯できる「ポケット電卓」の開発に移っていった。
携帯電卓、ポケット電卓の歴史は以下の通りである。

(携帯電卓)
初期の電卓は大量の電気を必要としたことからAC電源は不可欠であった。電卓開発に携る人にとってどこへでも携帯できる電卓、胸ポケットに入る電卓を開発することは大きな夢でもあった。世界で最初の携帯電卓はどの機種かといったとき、「携帯電卓」の定義が重要になる。
AC電源から開放され戸外へ携帯していけるという意味で最初の電卓は、ソニーが1967年に発売したSOBAX ICC-500である。この電卓には当時の電卓には珍しく取っ手が付いており、充電池を外付けすることで電源の心配なく戸外で使用することができた。この当時こうした使用が求められていたとは考えにくいが、ソニーらしい先を見た製品開発である。ただICC-500は図体が大きく一般にイメージするところの携帯電卓とは違ったものである。

携帯電卓を実現するため、電卓の小型化に取り組んだのはテキサス・インスツルメント社である。同社は1967年3月に世界で最初のハンディタイプの電卓カルテク (Cal Tec )を完成させる。カルテクは1534個のバイポーラ型ICを搭載し、ディスプレイがなく、入出力はサーマル・プリンタにより感熱紙に印字するタイプの電卓であった。一般にはこれが世界で最初の「携帯電卓」といわれている。しかし、カルテクは試作にとどまり、生産、販売されることはなかった。このカルテクのカルテクの設計図を買い取り商品化したのはキャノンである。キャノンはカルテクのバイポーラICをMOS型LSIに交換しポケトロニクを開発し1970年4月に世界3カ国で同時に発表し、5月から7月にかけネーミング募集キャンペーンを実施し、10月に世界初の携帯機として日本から販売を開始した。そうした点でポケトロニクが一般的には世界で最初の携帯電卓といわれている。

ポケトロニクは海外でも大きな反響を呼んだことから一般には「世界最初の携帯電卓」といわれている。しかし、この当時様々な電卓メーカーが似たような取り組みを行っており、厳密に世界最初かどうかは疑問である。三洋電機はサコムmini ICC-82Dという充電池のついたタイプの電卓を5月に発売しているし、またシャープはマイクロコンペットQT-8Dに充電池を搭載したQT-8Bというタイプを同じく5月に発売している。ポケトロニクは4月に発表したが実際の発売はネーミング募集キャンペーンが終了した10月であるから、むしろ三洋やシャープの電卓の方が先に市場に出たことになる。ただQT-8Bは基本的にはデスクトップ電卓に充電池を搭載しただけということで携帯電卓とはいえないということもできるかもしれない。シャープは71年1月にエルシー8という手のひらサイズ(といってもかなり大きい)の電卓を発売するが、これがシャープの最初の携帯電卓といってもよいだろう。

(ポケット電卓)
ただこれらの電卓は「携帯電卓」とは呼んでも「ポケット電卓」というにはいずれも無理があった。世界で最初の「ポケット電卓」は1971年に発売されたビジコン社のLE-120Aである。ビジコン社はポケット電卓を開発するため、1970年から米国モステック社との間でワンチップ電卓用LSIの共同開発を行い、このチップを搭載することで当時としては驚異的な小ささの「ポケット電卓」ビジコンLE-120Aを発売する。発表は1971年1月、実際の販売は6月頃だった。
一方、三洋電機も1月に「サコムミニ ICC-804D型」を発表し、5月から販売を開始すると発表した。しかしICC-804Dが実際に発売されたのは8月に入ってからであった。
モステック社のワンチップ電卓用LSIの開発から若干遅れて、テキサス・インスツルメント社でもワンチップ電卓用LSIの開発に成功し、このLSIを搭載して1971年秋には米国Bowmar社が901Bという電卓を、また翌年には英国Sinclair社がExecutiveという電卓を発売した。Executiveは、電源としてボタン電池を使用しており、厚さはわずか1cmにすぎなかった。そういった点からExecutiveについてはポケットサイズの電卓というより常時携帯する「手帳型電卓」として分類した方がよいかもしれない。
携帯の観点からはポケット電卓をさらに小型化した小型電卓の開発も行われた。ビジコン社のは翌年5月、LE-80A電卓の大きさをタバコの箱のサイズにまで小さくすることで電卓を常時違和感なく携帯できるようにしたものである。蛍光管や乾電池を使用した場合、薄型化には限度があったことから、各社は小型電卓の開発も積極的に行われた。

(大衆電卓)
ワンチップ電卓用LSIの開発は電卓の小型化に大きく寄与したが、同時に電卓の低価格化をもたらした。
このチップができるまでの電卓の生産工程においては電卓の設計についての高度な専門的知識と非常に精巧な作業が必要とされたが、このLSIが登場したることで小さな町工場でも電卓の生産をすることが可能となった。このため電卓の市場にはたくさんの企業が次々に参入し、過当競争の中で価格の急激な低下が生じることになる。こうした激しい価格競争が繰り広げられた中で、1972年8月カシオは12,800円という低価格電卓カシオ・ミニを発売した。当時の相場の3分の1という安さ、カシオの強力な宣伝効果も加わり、カシオミニは爆発的なヒットとなった。販売台数は、発売後10か月で100万台、3年で600万台と爆発的な売り上げが記録された。かって会社に1台、職場に1台しかなかった電卓はカシオミニの登場により1人が1台を持つ時代に突入した。カシオミニは電卓の価格の大幅な低下を通じ、個人向けの新たな電卓市場を作り出した。その意味でカシオミニは最初の「大衆電卓」と呼ぶこともできる。


発売年
1969年以前70717273
鳥取三洋電機
ICC-0081ICC-82DICC-804DICC-811
キャノン

PocketronicLE-10

シャープ

QT-8B EL-811
EL-8
EL-801
EL-803
EL-120
ビジコン


LE-120A
120-DC
LE-80A
60-DA

東芝


BC-0801B

シンクレア



EXECUTIVE
BOWMAR



901B
カシオ



AS-8D
CM-601

オムロン




60
その他


Marchant 1 Tallymate
DigitalV


黒字は携帯型。赤字はポケット型
ワンチップ電卓

携帯電卓



SOBAX ICC-500

1967年6月に発売されたソニーの最初の電卓。
 非常に高度な技術を駆使した電卓で、モジュールICの採用、磁歪遅延腺の開発、数字表示管の改良などが行われていた。 しかし、これと合わせて重要なことは、ICC-500がこの当時既に「携帯電卓」を意識して作られていたという点である。
 まず取っ手である。ICC-500には、ソニーのポータブルへのこだわりから持ち運び用の取っ手がついている。また本体の後ろには充電池を搭載するための穴があいている。当時これだけの大きさの電卓を持ち運んで電源のないところで使うという発想をソニーが既に持っていたということは驚きである。充電池を使うということからすればSobax ICC-500 は世界で最初の「携帯電卓」ということもできる。

ポケトロニク (Canon) 

 1970年に発売された携帯型電卓。
世界で最初の携帯サイズの電卓は、1967年テキサスインスツルメント(TI)社が開発したCaltechである。キャノンはTIからCaltechの技術を購入し、ポケトロニクを製造、販売した。
 1970年4月に世界3カ国で同時に発表し、同年10月に日本で、翌年米国で販売を開始し、大きな人気を博した。
 携帯型にもかかわらず12桁の定数計算が可能。
 MOS・LSI を3個使用。内蔵NiCd電池により連続3時間の使用が可能だった。

ICC-82D (Sanyo) 

1970年5月に発売された。発売時期はポケトロニクより早い。
8桁表示ながら16桁までの計算ができる 。海外でDictaphone 1680 としても発売されている。箱に入れ持ち運べるようになっている。115,000円

ICC-0081 (Sanyo) 

ICC--82Dとほぼ同じ時期に発売されたもの。
フリップカバーとバッテリーメーター及びキャリングハンドルがついており、電卓のカバーは台座をして使用するようになっている。

QT-8B (Sharp) 

 ICC-82Dとほぼ同じ時期(1970年5月頃)にシャープより発売された。
 ベースは1969年発売された世界初のLSI電卓QT-8D。シャープはこのQT-8Dに充電池を搭載しポータブル電卓として販売した。ただポータブルとはいってもデスクトップ並みの大きさがあった。携帯電卓というよりコードレスデスクトップ電卓といった方がよいかもしれない。
 LSI4個、IC2個使用。幅135(W)×247(D)×72(H)mm。1.6kg。発売当時の価格は11,5000円であった。

EL-8 (Sharp) 

シャープの実質的に最初の携帯電卓。QT-8Bと比較して小ぶりになっているが、それでもかなり分厚い。
1971年発売。84,800円。

Marchant 1 (Smith Corona Marchant (SCM))

1971年春にSCM社から発売された初期の充電式の携帯電卓。。当時の価格は495ドルだった。携帯電卓にもかかわらずニキシー管を搭載している。ディスプレイはフリップ式となっており、カバーをスライドさせるとキーボードとディスプレイが現れ、電源も入る仕組みになっている。本体後部には脚が収納されており、使用するときは脚を持ち上げて使用する構造になっている。


集計機能付きカウンタ

ポケット電卓




LE-120A (BUSICOM) 

Busicom LE-120Aは、1971年6月に発売された世界で最初のポケットサイズ電卓である。
LE-120Aは小さいだけでなく、2つの先進的特徴を持っていた。一つは発光ダイオードの使用であり、もう一つは単3電池の使用である。発光ダイオードによる表示装置は、モンサント社により実用化されたもので、世界最初の実用発光ダイオードであった。これをワンチップLSIと組み合わせることによって乾電池駆動の実用ポケット電卓が完成し、「手のひらコンピュータ」というキャッチフレーズで売り出された。

電源 単三4本。 サイズ 64mm(W)-123mm(D)-22mm(H)。価格 89,800円。

ICC-804D (Sanyo) 

三洋電機から発売された世界で最初のポケット電卓の1つ。1971年に発表され、5月に発売される予定だったが実際の発売は8月になり、LE-120Aより若干遅れた。ただ演算能力は16桁で定数計算も可能なポケット電卓としては当時最高の機能を有していた。
メカニズムとしてはLSIを4個内蔵し、充電池にはカドニカ電池を内臓していた。ICCシリーズの中で唯一のLED タイプのディスプレイを搭載。ディスプレイ部はフリップアップ式となっており、ディスプレイが開かないと電源ははいらない。
周囲は昔のカメラの表面のような加工がしてあり、また、ディスプレイは開くときカシャとシャッターを切るような音が出る。丸ボタン、LED電卓、充電式など昔のタイプの電卓の特徴をあわせ持った典型的なオールド電卓である。

35(H)×85(W)×145(D)mm。360g (カドニカ充電池込み)。

901B (Bowmar)

1971年秋に発売された世界で最初のポケット電卓の一つ。
充電池式でディスプレイはLED、キーはテキサスインスツルメンツ社が開発したクリクソンキーパッドを使用。
他の電卓メーカー等へもOEM供給された。
米国製。$240

Executive (Sinclair)

 Executive は1972年8月にシンクレア社が発売した最初のポケット電卓である。
世界で最初のポケット電卓は、1971年1月に発売されたBusicom LE-120A であるが、Executive は厚さが1cmと極めて薄い点に特徴がある。
 両者をと比較した場合、ディスプレイ、キーボード、電源などの面ではLE-120Aの方が技術的に優れており、製品の信頼性、安定性、使いよさの面でもLE-120Aの方が上回っている。しかし、Executive は非常に薄く、かつ軽く、背広のの胸ポケットに入れても全く違和感を感じないといった特徴がある。その意味でExecutive はポケットに常時入れ、携帯する「手帳型電卓(Wallet type calculator)」のはしりとみたほうがよいかもしれない。
 デザイン的にも優れており、数々のデザイン関連の賞を受賞するとともにMOMAのパーマネントコレクションにも選定されている。
 当時の価格は79.95ポンドと非常に高価ではあったが爆発的に売れ、Sinclair は莫大な利益を手にしたといわれる。

LE-80A (BUSICOM) 

1972年5月に発売された世界で最初の小型(タバコケースサイズ)電卓。
電卓本体の大きさはタバコケースより一回り小さい。
1971年1月に世界で最初のポケット電卓を発売したビジコン社は常時背広のポケットに入れ、違和感なく携帯できる大きさとしてタバコケースサイズが望ましいと考え、この電卓を開発、発売した。
表示は発光ダイオード8桁。チップはTI社製。

高級革ケース付(58,000円)と内側にBUSICOMの刻印の入った高級オーストリッチ革ケース付(64,800円)があった。当時電卓がいかに高級で大事にされていたかがわかる。

単5電池4本使用。56(W)×81(D)×21(H)mm。100g(電池込み)。

EL-801 (ELSI MINI) (Sharp) 

本格的ワンチップ、ポケッタブル電卓。愛称、エルシーミニと呼び他の電卓と大きさの違いを謳っているように、文字どおり手のひらにのる大きさ。
全体が丸みを持った可愛い中にもアルミ仕上げで高級感があり、品のあるデザイン。非常にしゃれた電卓。
サイズ W79-D143-H19mm。127g。
単三電池4本使用。
1972年発売。同年Gマーク受賞。39,000円。




低価格ポケット電卓



Tallymate (Victor Comptomater)

1971年 ビジコン社のLE-120A は話題となったが、非常に高価だった。Tallymate は同じ年に発売されたもう一つのワンチップ電卓。全体の大きさはLE-120A より大きかったもののLE-120A と同様乾電池を使い、価格はLE-120A の半額だった。信和ディジタルという会社のOEMでテキサスインスツルメンツ社のTMS-1050 というワンチップLSI を使用していた。

DigitalV (Royal)

DigitalV は1972年初めに米国ロイヤルタイプライター社から発売された。当時、各社にとって電卓の製造コストをいかに引き下げるかが最大の課題だった。DigitalVは製造コストの高いボタンを取りはらい、電流の流れているペンを金属板に接触させることで入力する方式を採用した。表示桁数も4桁とし、読み出し機能をつけることで8桁の計算ができるよう工夫した。こうした工夫の結果、DigitalVは当時99ドルで販売することができた。しかし、その年の秋にはカシオミニが60ドルで販売され、市場から姿を消した。

Mini (Casio)

1972年8月に発売された最初のミニ。
12,800円という低価格で、電卓を個人で使うものとした「大衆電卓」の走りともいうべき電卓。

Sperry Remington Rand 社やUnisonic 社へOEM供給された。

EL-120 (シャープ) 

 1973年シャープから発売された電卓。3桁表示ながら9,900円と初めて1万円を割った。3桁を上回る場合には、連続キーを使い3桁ずつ別々に表示させるユニークなもの。整数9桁、少数3桁を繰り返し表示する。もう一つの特徴は側面にあるカウントレバー。カウンターとしての機能も持っていた。
 1972年8月カシオがカシオミニを12,800円という驚異的な安さで売り出したことに対抗し、シャープは価格面ではこの電卓で、質の面では世界で最初のCOS-LCD電卓EL-805で対抗した。
 22mm(H)-170mm(W)-65mm(D) 185g(乾電池を含む)。9,980円。

60 (Omron)

 Omron 60 は1973年頃に発売された初期の6桁電卓。単3電池4本使用。
 1972年8月にカシオは表示を6桁にすることで 12,800円という驚異的低価格の大衆電卓「カシオミニ」を発売し電卓市場で圧倒的有利に立つが、この電卓はカシオミニに対応するた発売された電卓である。Omron社は当時数多くの電卓を製造し、世界中に輸出しており、このカシオミニショックに対抗するためこの電卓を発売した。
Omron 60 はデザインを変え、シチズンやMiida、 Adler 社など内外のメーカーに対し大量にOEM供給された。