SOBAX (Sony)

 SONY (当時東京通信工業)は、世界で最も早く電卓分野に進出した企業の一つである。
 同社はIBMの後追いではないユニークなものとして「ポータブルコンピュータ」の開発を目標に1961年頃から植村三良(さぶろう)氏の下で電卓の開発に取り組んだ。ただ、実際の開発を担っていたのは当時大学を出て間もなかった永野厚氏のみで組織をあげて取り組んだわけではなかった。試作機はMD-1号、MD-2号と名付けられたが、これらは電卓の形をなしてはおらず、実際に部品が本体に納められ、電卓としての形ができたのは1962年夏に試作されたMD-3号からであった。1964年には、幅35センチ、奥行43センチ、高さ22センチ、重量約10キロのMD-5号が試作され、3月に発表された。偶然にもMD-5号が発表された日は大阪でシャープが CS-10Aを発表した日でもあった。この「MD-5号」はニューヨーク世界博にも真空管を使わない世界で最初のオールトランジスタ電卓として特別出品されたが、その技術水準の高さのみならず、その操作性も優れていたことから好評を博した。
 こうした外部の高い評価にもかかわらず、社内ではその製品化について様々な意見があり、市場への登場はシャープよりはるかに遅れる。MDシリーズは11号機まで開発され、1967年にSOBAXという名前で市場に投入される。SOBAX(ソバックス) はSOLID STATE ABACUS (固体回路のそろばん)の略で、そろばんのように手軽に使え、しかも複雑な演算をスピーディにこなせる計算機という意味からついた商品名である。
 最初に発売されたSOBAXは1967年6月に発売された SOBAX ICC-500であるとされている。しかし、実際にはそれよりも以前に海外で発売されたモデルもあったという。永野氏の記憶では、SOBAX ICC-500は厚木工場で量産されたが、それより前、東京本社でも1000台ほど生産され、東京銀座の文祥堂という文具商店を通じアメリカで販売されたとのことである。残念なことにこのほとんどが現地で不具合を起こし返品償却されたとのことである。初期のSOBAXの開発に携わった永野氏はその後さらに電卓の小型化を図ろうとしたが、小型化より高機能化をめざす会社の方針と対立しソニーを退社した。
 ソニーは、その後高性能な高級電卓を中心に電卓の開発を行うが、電卓戦争がドロ沼化する中、技術的にも大して面白みがなくなったということで1973年5月、電卓分野から撤収した。ソニーが電卓市場にとどまった期間は6年にも満たないが、電卓開発に携わった技術者やその過程で生み出された様々な技術が、その後ソニーがパーソナルコンピュータ市場において大成功をおさめる上で重要な役割を果たすことになる。


(3月19日付 日本経済新聞からの抜粋)
早川電機とソニーがこのほどトランジスタ、ダイオードを使用した電子式卓上計算機を完成したので18日発表した。早川は6月から市販の予定、またソニーはまだ試作品なので、発売時期ははっきりしないが、今月下旬のニューヨーク世界電子工業展と4月下旬から開かれるニューヨーク世界博覧会に出品することになっている。メーカーによればトランジスターを使った卓上計算機は世界で初めてという。
ソニーの全電子式自動計算機の試作品の内容は以下の通り。
10桁までの四則演算が可能で従来の電動計算機では十数秒かかった答えが、演算キーをタッチした瞬間に表示される。演算キーはわずか5個で代数式の順序にしたがって演算ができるので、取り扱いがきわめて簡単な点が大きな特徴。
このほか、@答えはネオン管に表示されるので見やすいA音がしないB寸法は英文タイプライター程度(幅35cm、奥行き43cm、高さ22cm)で、軽い(約10kg)ので持ち運びに便利など特徴としてあげている。販売価格は未定だがいまのところ従来の卓上電動計算機(約40万〜50万円)より5割方高くなる見通しという。


SOBAXの広告。写真はICC-500と思われる。


SOBAX ICC シリーズ
1967
6
ICC-500
260,000yen
1968
7
ICC-600
330,000yen
1969
1
ICC-500A
260,000yen
1969
6
ICC-510
228,000yen
1969
10
ICC-610
298,000yen
ICC-2500
328,000yen
1969
11
ICC-520
258,000yen
1970
2
ICC-1600
145,000yen
1970
3
ICC-1500
153,000yen
1970
5
ICC-100
92,800yen
1970
6
ICC-720
260,000yen
1971
3
ICC-2700
498,000yen
1971
6
ICC-2600
348,000yen
1971
9
ICC-200
153,000yen
ICC-88
79,800yen
1972
3
ICC-210
135,000yen
ICC-700
198,000yen
ICC-107
198,000yen
1972
6
ICC-2700A
528,000yen
1972
9
ICC-101
75,000yen
ICC-201A
108,000yen
ICC-211
128,000yen
1972
10
ICC-2660
348,000yen
ICC-300
69,800yen
1973
1
ICC-330
69,800yen
1973
2
ICC-350
99,800yen



MD-5号

1964年3月に発表された試作機。
ハイブリッド集積回路(IC)を使用し、メモリーに磁歪遅延線を使用するなど当時としては最先端の技術を搭載していた。
とくに、
(1)10桁(答えは20桁)の四則演算が極めて迅速にできる。
(2)答えはネオン管で表示され、非常に見やすい。
(3)演算は全く無音。
(4)形状は英文タイプライターくらいの大きさで、軽く、持ち運びが容易にできる。
(5)演算キーがわずか5個で、代数式の順序で演算ができる。
といった、今日の電卓の機能からみれば当たり前のことではあるが、当時としては驚くべき機能を有していた。

MD-5号は同じく3月にニューヨークで開かれた世界電子工業展覧会と、4月のニューヨーク世界博覧会の日本政府館に特別出品された。

MDのMは知恵の女神ミネルバ(Minerva)、Dは試作ナンバーを表している。

MD-5号は発売されず、実用化に向けてさらに改良が続けられた。MD-6号では小数点表示が可能になり、MM-7号機ではさらに小型軽量化が図られた。MX-11 号機で開発は終了し、1967年6月にICC-500型SOBAXとして発売された。

<仕様>
キー:テンキー方式
表示:10桁(答えは20桁)、ネオン表示管
電源:AC90〜117V、50/60Hz
消費電力:30W
寸法:350mm(幅)×430mm(奥行)×220mm(高)
重量:約10kg

電子雑誌/エレクトロニクス(1964年5月号)







日本経済新聞 1967.5.20.

説明文


バッテリーパックが装着できた。

SOBAX ICC-500

1967年6月に発売されたソニーの最初の電卓。当時の価格 260,000円。
発売当時世界で一番小さくかつ軽い電卓だった。
電灯線はもちろん、車の中では自動車電池で使え、専用電池をつければ、飛行機の中でも、新幹線の中でも使えた。
専用電池は充電式で、1回の充電で連続4時間使用できた。
 非常に高度な技術を駆使した先進的電卓で、モジュールIC(ハイブリッドIC:混成集積回路)の採用(演算部に500個使用)、磁歪遅延腺の開発、数字表示管の改良などが行われていた。特にオペレーティング・システムについては先進的であった。例えば、それまでの計算機においては計算をしていないときにおいてもディスプレイに00000と桁数分の0が表示されていたが、SOBAXでは使う桁以外の0を消すゼロ消去が取り入れられた。さらにフローティング・デシマル、四捨五入方式の案出、パーセント表示や逆数をとることなど、あらゆる考案がなされた。
 しかし、設計者の永野氏によるとこうした高度な技術だけでなく気が付かないような様々な工夫やこだわりがICC-500にはあるという。
 まず取っ手である。ICC-500には、ソニーのポータブルへのこだわりから持ち運び用の取っ手がついている。これは森田氏のアイデアだという。またあまり知られていないが本体の後ろには充電池を搭載するための穴があいている。当時これだけの大きさの電卓を持ち運んで電源のないところで使うという発想をソニーが既に持っていたということは驚きである。充電池を使うということからすればSobax ICC-500 は世界で最初のポータブル電卓であるということもできる。
 また躯体のデザインについてもこだわりが随所にみられる。本体は強化プラスチックでできているが、そこに非常にわずかではあるが曲線が用いられている。これは大賀氏のアイデアということであるが、技術者にとっては非常に厳しいハードルだったという。またトランジスタを1000個近く使用する為、本体内の熱処理をどうするかが課題となる。当時の電卓はファンをつけたり上部に喚起のための穴が設けられたりしたが、SOBAXにはファンがなく上部に通風孔を設けていない。これも1つのこだわりである。またキーボードの部分も操作しやすさのため、如何に薄くするかが大きな課題であったが、クランクを利用して薄型化を図ることとした。さらに表示部分は光の反射を防ぐ為、ガラス面が垂直に配置された。
 このようにICC-500には様々な工夫、アイデアが満載されていた。
 ICC-500はその歴史的役割を評価されアメリカのスミソニアン博物館に所蔵された。

262(W)×138(H)×390(D)mm。
6.3kg。




ICC-500の内部


SOBAX ICC-600

1968年に発売された ICC-500 の後継機。
ICC-500 に√キーが付いた。
330,000円。


日本経済新聞 1968.7.1.






Photo courtesy : Mr.T.Yoshida

SOBAX ICC-510

1969年に発売された。

当時の価格 228,000円。







SOBAX ICC-400W

SOBAX ICC-400Wは1969年頃発売された電卓。
ソニーの最初の電卓である ICC-500 と形状は同じだがキー配列など若干異なっている。
価格など詳細は不明。





SOBAX 400 の内部


Photo courtesy : Mr.T.Yoshida

SOBAX ICC-610S

1970年に発売された。
当時の価格は 258,000円。




Photo courtesy : Mr.T.Yoshida

SOBAX ICC-720

1970年に発売された。
当時の価格 260,000円。




東京理科大学 近代科学資料館所蔵

SOBAX ICC-2500 (Sony)

1969年に発売された。
当時の価格328,000円。









東京理科大学 近代科学資料館所蔵

SOBAX ICC-1600 (Sony)

1970年2月に発売された。
当時の価格 145,000円。







Courtesy of Joerg Woerner

SOBAX ICC-1500

1970年3月に発売された。
当時の価格 153,000円。



→電子科学1970年7月号記事






SOBAX ICC-100

1970年に発売された16桁1メモリー電卓。
当時の普及型電卓は、大きさと価格の点から、12桁以下の機種が常識となっていたが、ソニーは新開発のプラニトロン(平面表示管)とMOS LSI の採用により、16桁フル表示、フル計算が可能にもかかわらず 92,800円という低価格を実現した。またICC-100のサイズは、228(W)×80(H)×280(D)mm で重量も3kgとなっており当時の16桁電卓の中では世界最小、最軽量であった。
デザインも優れており、今でも古さを感じさせない。1971年のグッドデザイン商品に選定されている。本体上部には持ち運びのための把手がついている。92,800円。

その後ソニーは16桁2メモリーで開平計算機能がついたSOBAX ICC-200を153,000円で発売する。ICC-200は、210(W)×66(H)×245(D)mm とICC-100 より一回り小さく、重量も2kgと ICC-100より1kg も軽量化されている。






底蓋をはずしたところ

ボードをはずしたところ
ボード


CPU
ボードにはSONYの文字がみえる


SOBAX ICC-200







SOBAX ICC-88

1971年に発売されたソニー唯一の携帯型電卓。
デスクトップで使うときはチャージャーにセットして使う。本体には充電池が内蔵されており、充電5時間で2〜3時間使用できる。
演算素子には MOS LSIを使用し、表示には8桁の平面表示管(プラニトロン)を使用している。計算は計算式どおりで、16桁まで計算可能。
176(W)×65(H)×164(D)mm。
176(W)×49(H)×100(D)mm(本体のみ)。
1.7kg (本体のみ880g)
79,800円。
(当博物館のICC-88 は、状態が良くなく部品がかなり欠けている。)






写真 : 工房遊次 提供

SOBAX 55 (プロトタイプモデル)

SOBAX の開発チームの一員であった山本氏が所有しているワンチップ小型電卓のプロトタイプモデル。
表示はSOBAX 55となっているが、発売には至らなかった。
製造年代は不明だが、世界で最初のワンチップ小型電卓ビジコン社のLE-120Aが発売されたのが1971年であることから、この電卓もこの頃試作されたとみられる。
SOBAX ICC-88と同様クレイドル上で充電するタイプだが、こちらの方がよりスリムで、カシオミニと似たデザインになっている。

プロトタイプモデル




東京理科大学 近代科学資料館所蔵

SOBAX ICC-700 (Sony)

1972年3月に発売されたカセットが計算式を記憶しているため、数字とイコールキーを押すだけで自動的に答えが求められる。当時の価格は198,000円。



SOBAX ICC-300

1973年に発売された。当時の価格は69,800円。

ICC-300シリーズは、オフィス用電卓に必要なほとんど全ての機能を網羅した高性能ポータブル計算機であり、内訳は、ベーシックタイプのICC-300、事務処理の機能を強化した、ICC-330、統計処理の機能を強化したICC-350からなる。

このシリーズは、機種により機能の違いはあるものの、
・小型、高性能、高信頼性
・理想的な小数点方式
・計算式どおりの操作、不要なゼロの消去、自動クリヤー方式
・見やすい”ニュープラニトロン”
・豊富な演算機能
・高級タイプライターのフィーリングを持つキースイッチ
といった共通の特徴を持っていた。

16桁。サイズ 204(W)×70(H)×213(D)mm。約1.6kg。

ICC-300シリーズの演算機能
ICC-300四則演算、連乗除、累乗・逆数計算、定数計算、四捨五入、切り上げ・切捨て、積和差、商和差、%計算(割増・割引も可能)など
ICC-330ICC-300の機能のほか、サム・オペランド、アイテム・カウンター、拡張パーセント計算
ICC-350%を除くICC-300の機能のほか、開平、二乗和計算
<マニュアル>




SOBAX ICC-107







本稿の作成に当たっては当時jソニーの技術者でSobaxの開発に当たられた永野厚氏より貴重なお話をうかがうことができました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。




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