F 薄さ


電卓の薄型化競争

 シャープは液晶電卓EL-805の開発に成功した後、薄型電卓に力を入れ、1975年に厚さ9ミリの手帳タイプ電卓EL-8010を発売した後、1975年には厚さ7ミリのフイルムキャリア電卓EL-8020を、1977年には厚さ5ミリのボタンレス電卓を次々に発売し電卓市場をリードした。

 カシオはカシオミニの発売後、複合電卓の開発に力を注いでいたが、こうしたシャープの攻勢に対して、手帳型よりさらに小さい名刺サイズで厚さ3.9ミリのカード電卓LC-78を開発して対抗した。シャープの手帳型電卓はポケットに入れることはできるが、これをポケットに入れると他の物をポケットに入れることができなくなる。名刺サイズにすることでほとんどの人が電卓を携帯しているという感触を忘れることができる。カシオの開発スタッフは名刺の大きさ、液晶表示、メモリーつきで携帯に便利な軽さの電卓の開発にあたったが、薄さも当時最も薄かったシャープのボタンレス電卓EL-8130の5ミリを下回る3.9ミリを実現した。このミニカードは1978年の円高不況の真っ最中に売り出されたにもかかわらす、爆発的なブームを巻き起こし、注文が工場に殺到した。カシオミニがピーク時で月産20万台だったのに対し、LC-78は月産40万台に達した。

 こうしたヒットに対抗し、各社もいっせいに名刺サイズの電卓を発売するが、シャープも半年後、ボタンレスで名刺サイズの電卓EL-8140を出して対抗した。EL-8140はLC-78と比べて、厚さ3.8ミリと0.1ミリ薄く、LC-78を非常に意識したものとなっている。またEL-8140は、電源を切っても情報を長時間記憶できるストレージ・コンピュータの機能も付いていた。

 その後、電卓の薄型化競争はさらに進み、1983年4月にカシオは厚さ0.8ミリのクレジットカードサイズの電卓SL-800を発売する。SL-800はあまりに薄いことから、持ち運びには返って神経を使わなければならない。20年にわたる電卓の小型化、薄型化の流れの終着点にあたる電卓ともいえる。現在MOMAの永久保存品として保管もされている。



電卓の薄型化の推移
Sharp
Casio
その他
厚さ
価格
備考
1973年
6月
EL-805

20mm
26,800円
COS-LCD 電卓
ハンディ(液晶表示)
1975年
4月
EL-8010

9mm
9,900円
手帳タイプ
10月

Pocket-LC
手帳サイズ
1976年
3月
EL-8020

7mm
7.500円
フィルムキャリア
7月

M-800
15mm
マイクロミニ
11月
EL-8026

9.5mm
2,4800円
太陽電池
12月

CX-8176L(Sanyo)
6.0mm
8,500円

-

LC-1(Canon)
9.5mm

1977年
2月

LC-820
6.5mm

5月
EL-8130

5mm
8,500円
ボタンレス
5月

LC-81
8mm
6,800円
マイクロサイズ
12月

CX-8179L(Sanyo)
4.5mm
6,500円

1978年
1月

LC-78
3.9mm
6,500円
名刺サイズ
2月


LC-5(Canon)
3.9mm

2月
EL-8139

3.8mm
4,900円

6月
EL-8140

3.8mm
7,000円

7月


CX-8181L (Sanyo)
2.9mm
6,800円

8月


LC-6(Canon)
2.9mm

11月

LC-79
2mm
5,900円
クレジットカード
11月

LC-785
3.9mm
4,900円
名刺サイズ
1979年
2月


LC-7(Canon)
1.9mm
5,500円
クレジットカード
3月
EL-8152

1.6mm
7,900円

1980年
2月

LC-80
1.6mm

1981年
9月

SL-801
ソーラー
1983年
4月

SL-800
0.8mm
5,900円
クレジットカード
5月


LS-701(Canon)
クレジットカード
1984年
12月
EL-900

0.8mm
7,800円
クレジットカード

資料)岡野宗彦著「カシオ計算機」朝日ソノラマ他により作成


EL-805 (Sharp)

1973年6月に発売されたシャープ液晶コンペット「EL-805」。世界初のCOS化電卓(世界初の液晶電卓)。発売価格は26,800円とライバルのカシオ・ミニ(12,800円)より高かったものの、単三一本で100時間も連続使用できたことからヒットした。この電卓をきっかけに電卓戦争の中心は価格から薄さに移行する。単三乾電池一本で100時間使用できた。厚さ20mm





EL-8010 (Sharp)

1975年4月発売された最初の手帳サイズ電卓。厚さ9mm。9,900円。






Pocket-LC (Casio)

1975年10月に発売された手帳サイズ電卓。黄色の液晶。
ボタン電池2個で約80時間使用可能。厚さ12mm。7,900円。






EL-8020 (Sharp)

1976年3月に発売された。Gマーク選定商品。
Yellow LCD型の手帳電卓。当時としては世界最薄の7mm
電界効果タイプの液晶表示装置で、特に低消費電力と長寿命を誇るFEMタイプの液晶表示を使った。
充電式電池が付属し一度の充電で15時間使用できた。
開平機能も付いている。

手帳型ケースはブラウン・レッド・グリーンの3種類ある。
66(W)×109(D)×7(H)mm。65g(電池含む)。7,500円。





M-800 (Micro-mini) (Casio)

1976年7月に発売された小型液晶電卓。当時世界で一番小さな電卓といわれた。発売時期により黄色液晶タイプと灰色液晶タイプがあった。
また、発売時期によりボタンの配置やデザインにバリエーションがあった。
43(W)×61(D)×15(H)mm。34g。8,900円(灰色液晶タイプ)






EL-8026 (Sharp)

1976年11月に発売された世界で最初の太陽電池式電卓。
受光部は電卓の裏側にある。暗いところではボタン電池を併用。
サイズ 66(W)×109(D)×9.5(H)mm。 65g。
2,4800円。






LC-1(Canon)

1976年発売されたキャノンの最初の液晶電卓。黄色液晶を使用。厚さ9.5mm





LC-820 (Casio)

1977年2月に発売された厚さ は6.5mmと当時としては最薄型の電卓。黄色の液晶。1.5Vのボタン電池を3個で1400時間使用できた。
62(W)×110(D)×6.5(H)mm。64g。7500円。





EL-8130 (Sharp)

1977年5月に発売された世界で最初のタッチキータイプ電卓。カシオとの戦争を意識し「ボタン戦争は終わった」の広告を展開し評判となった。厚さ5mm。国内だけではなく韓国でも製造されていた。本体はアルミニウム製。
68(W)×124(D)×5(H)mm 65g。8500円。






LC-81 (Casio)

1977年5月に発売された厚さ8mmのマイクロサイズ電卓。
6,800円。





CX-8179L (Sanyo)

1977年12月に発売された厚さ4.5mmの電卓。
6.500円。





LC-78 (Casio)

1978年1月に発売された世界で最初の名刺サイズ電卓。小さいだけではなく、薄さの面でも当時最も薄かったシャープのボタンレス電卓EL-8130の5ミリを下回る3.9mmを実現した。
6,500円。





LC-5 (Canon)

1978年2月に発売された厚さ3.9mm の電卓。
従来のボタン型酸化電池から扁平型のリチウム電池を使用し、プリント版は厚さ0.1mmのポリイミド樹脂を採用、また0,3mm厚のLCDを搭載し4mm の壁を破ることができた。



EL-8139 (Sharp)

1978年2月に発売された。ボタン電池。厚さはCasio LC-78 とCanon LC-5の3.9mmを下回る3.8mm。当時の価格4,900円。





EL-8140 (Sharp)

1978年6月に発売された。ボタン電池。厚さはEL-8139と同じ3.8mm。当時の価格7,000円。






LC-6 (Canon)

1978年8月に発売されたカードサイズの薄型電卓。キャノンの電卓としては初めて厚さ3mm を下回る2.9mmを達成した。
真ん中の丸い部分はボタン電池を入れる場所。






LC-79 (Casio)

1978年11月に発売された。キャッシュカードサイズ 厚さなんと2mmの極薄ミニカード。軽く触れるだけのタッチキー方式を採用。
54×85×2mm。31g。電池寿命200時間。






LC-785 (Casio)

1978年11月に発売された名刺サイズ電卓。厚さはLC-78と同じ3.9mmだが、液晶が黄色液晶から灰色液晶に替わり、価格も4,900円とLC-78に比べ1,600円安くなった。AUTO POWER-OFF機能も付いた。





LC-7 (Canon)

1979年2月に発売された厚さ1.9mmのカード電卓。
当時世界で最も薄かったのは前年11月に発売されたカシオのLC-79で厚さは2.0mmだったがLC-7はそれを0.1mm下回った。ボタンは薄型化を図るため押しやすさを犠牲にされる傾向があるが、LC-7についてはゴムでできており間隔も広く、押しやすい。
機能としては、8桁、1メモリー、√、%、±キーの他、オートパワーオフ機能も付いており、リチウム電池1個で2,000時間使用することができた。
価格は本体価格が5,500円で、これに400円のケースが付属し、5,900円で販売された。
色は青、黒、シルバーの3色。
54(D)×84(W)×1.9(H)mm。


EL-8152 (Sharp)

1979年3月に発売された。厚さ1.6mmと当時世界で最も薄く電卓の薄型化の極限といわれた。
薄さだけではなくデザインも優れており、ニューヨーク近代美術館のパーマネント・コレクションにも選定されている。非常に洗練された電卓である。
7,900円。





LC-80 (Casio)

1980年2月に発売された。厚さ1.6mmと当時世界で最も薄い電卓であったシャープのEL-8152と同じ薄さを実現した。






SL-800 (Casio)

1983年4月に発売されたカードタイプ電卓。名詞サイズ(幅85mm、奥行54mm)で厚さがわずか0.8mm、重さが12グラムと軽薄短小の極致を実現した電卓。20年前20キロ近くあった電卓が激しい技術革新の結果ついにこの水準までたどりつくことができた。記念碑的電卓。MOMA の永久所蔵品にもなっている。5,900円。





EL-900 (Sharp)

Casio SL-800 から一年半後、1984年12月にシャープから発売された厚さ0.8mmのカード型電卓。85.5(W)×54(D)×0.8(H)mm。7800円。
電卓の薄型化競争はEL-900の発売で終わる。





シャープとカシオ

シャープとカシオは同じ電卓メーカーでありながら経営や技術についての考え方はきわめて対照的であった。
両者の考え方の違いはまずLSIについての考え方にみられる。
シャープはLSIの生産から設計まで一貫して自社で行っているのに対し、カシオは、他社から購入したLSIを使っている。シャープは、電卓の小型化という開発方向からみて、半導体を他社に依存していたのでは、たちまち秘密が漏れ、製品差別化路線の実効が上がらない。思い通りにLSIの設計を進めるためにも、自社生産がよいとの考え方である。これに対し、カシオは半導体専業メーカーと協同開発する方が半導体メーカーの研究を期待できるので望ましいし、半導体メーカーを競い合わせることで価格面でも十分対応できると考える。
電卓の生産工程にしてもシャープがLSI、液晶素子からの一貫生産体制を確立し、生産ラインの自動化を徹底させるのに対し、カシオはパーソナル電卓の生産をセイヨー電子、協和化学などの関連会社に移し本体は高付加価値品生産にシフトした。
人材面では、シャープは外部から優秀な人材をスカウトしたのに対し、カシオは外部からの人材をとることなく生え抜き一本の考え方をとっている。
両者は電卓開発の非常に早い段階から激しく競争し、勝者と敗者が何度も交代した。しかし両者とも独創を大切にし、他者がヒット商品を出しても安易にそれに追随しないという気概を持っていたという点では共通していた。両者とも「他社のマネをするな」「他社よりも一歩先をゆけ」というかけ声の下激しい競争を展開した。こうした前向きの取り組みが両社が電卓分野においてリーダーとしての位置を占めてきた理由でもあった。