SL-800 (Casio)

(世界最薄の電卓)
1983年4月に発売されたカードタイプ電卓。名詞サイズ(幅85mm、奥行54mm)で厚さがわずか0.8mm、重さが12グラムと軽薄短小の極致を実現した電卓。20年前20キロ近くあった電卓が激しい技術革新の結果ついにこの水準までたどりつくことができた。記念碑的電卓。MOMA の永久所蔵品にもなっている。当時の価格は5,900円だった。

(SL-800の開発過程)
カシオは従来から電卓の薄型化を考え、0.8mmを一つの目標としていた。しかし従来の延長線上ではこうした薄さを実現することは不可能であった。そこでカシオは既存のパーツを改良し薄型化を実現するのではなく、全ての部品をごく薄いフィルム上にし、それを重ね合わせて0.8mmの薄さを実現しようとした。これをカシオはFID(フィルム・インテグレート・デザイン)方式と名づけた。
 これは全く新しい発想であったが数々の困難を伴った。まず第一に厚さ0.8mmの中に盛り込むべき部品がまだ開発されていなかった。総厚を0.8mmに抑えるためには、LSIで0.5mm、LCDで0.55mmに抑える必要があった。さらに薄いフィルムを張り合わせるのだからビスは使えない、特殊な接着剤を開発しなければならなかった。
 量産に当たっては、カシオはRAL方式というプロセスを開発した。これは、
@ROLL TO ROLL ロールからロールへと巻き取る。
AAUTO POSITIONING フィルムを重ねる位置決めを自動的に行う
BLAST JOINT UNITED 工程の最終段階で全ての部品(フィルム)を一体化させて製品にする。
というものである。この生産過程はアセンブリー(組み立て)産業では必要とされてきたコンベアもフックもない上、完全無人化生産というのだから、画期的な生産革命といってよい。
 SL-800を生産するに当たってカシオは100件を超える特許を開発した。当時業界でトップにあったシャープでさえ厚さ1.6mmの電卓をつくるのがやっとだったことからもSL-800の先進性がわかる(シャープはそれから1年8ヵ月後の1984年12月になってようやく0.8mmの電卓を発売する)。さらにSL-800は、大きさ、薄さともISO(国際標準化機構)規格に準じている他、全面フラット構造になったので、磁気カード読み取り装置にそのまま読み通すことが可能になった。このことはこのフィルムカードに磁気記憶機能を付加すればそのままキャ主カードやクレジットカードなどの電子カード、データ収集端末などに応用できることを意味しており、新たな用途が飛躍的に拡大する可能性も秘めている。

 SL-800はアニタの開発から始まった電卓の小型化薄型化競争の技術的な終着点であるとともに新しい時代に向けての第一歩を切り開いた記念碑的な電卓であるといえる。

(参考文献) 松本裕之 答え一発!カシオ計算機 (花華留多)




SL-800の仕様
四則演算 8桁
記憶 8桁1組
開閉計算
主要素子 ワンチップLSI
寸法・重量 85(W)×54(D)×0.8(H)mm。12g。
価格 5,900円
1983年4月発売。



電卓の薄型化のカシオとシャープの競争

1973年5月SharpEL-805COS-LCD 電卓ハンディ(液晶表示)厚さ20mm26,800yen
1975年4月SharpEL-8010
手帳タイプ厚さ9mm9,900yen
1976年3月SharpEL-8020フィルムキャリア
厚さ7mm7.500yen
1976年11月SharpEL-8026
太陽電池厚さ9.5mm2,4800yen
1977年5月SharpEL-8130
ボタンレス厚さ5mm8,500yen
1977年5月CasioLC-81
ポケット厚さ8mm6,800yen
1978年1月CasioLC-78
名刺サイズ厚さ3.9mm6,500yen
1978年6月SharpEL-8140

厚さ3.8mm7,000yen
1978年11月CasioLC-79
クレジットカード厚さ2mm5,900yen
1978年11月CasioLC-785
名刺サイズ厚さ3.9mm4,900yen
1978年11月SharpEL-8139

厚さ3.8mm4,900yen
1979年3月SharpEL-8152

厚さ1.6mm7,900yen
1983年4月CasioSL-800
クレジットカード厚さ0.8mm
5,900yen
1984年12月SharpEL-900
クレジットカード厚さ0.8mm7,800yen

(⇒詳細
資料)岡野宗彦著「カシオ計算機」朝日ソノラマ他により作成


SL-800 (Black)

MoMA パーマネントコレクションに選定されているタイプ。
グッドデザイン賞も受賞している。


Coutesy of Mr.Kariya

SL-800 (White)

Black と同じデザインを採用。
グッドデザイン賞を受賞。

SL-800 (Gold)

Black と同じ時期発売されたがデザインは異なる。

SL-800 (Blue)

Black と同じ時期発売されたがデザインは異なる。

SL-800 type2 (White)

上記の SL-800 の後継タイプ。
数字が大きくなり見やすくなり、ボタン部分には突起ができ押しやすくなった。
また、後ろのデザインも太いストラップデザインがなくなりシンプルになった。



SL-800 type2 (Gray)

Gray タイプ。


発売時のパンフレット。5色が示されている。この時点ではSL-800 type2 は載っていない。


こちらのパンフレットでは4色しか表示されていない。水色のタイプが実際に販売されたのか疑問。
グッドデザイン賞を受賞しているが、パンフレットでは黒と白のタイプにだけグッドデザインのマークが付いている。

(日経新聞1983年11月22日朝刊)

カシオ計算機は二十一日、厚さ〇・八ミリメートルの超薄型電卓「SL―800」を二十二日から販売すると発表した。価格は五千九百円。月間三十万個を製造、販売する。
 SL―800はLSI(大規模集積回路)、液晶表示板、太陽電池などの部品をすべてフィルム状にし、これらを接着剤ではり合わせるという新生産方式をとり入れたカード型電卓。厚さは従来、もっとも薄い電卓(シャープ製の厚さ一・六ミリメートル)の半分になった。
 カシオは開発当初(ことし四月)、月産十五万個の規模で生産を始める計画だったが、国内外から大口需要が舞い込んでいるため急きょ生産規模を二倍に引き上げ、販売を始めることにした。

(日経新聞1983年6月6日朝刊)

 カシオ計算機は九月に発売する予定の超薄型電卓の月間生産量を、当初予定していた十五万個から三十万個に倍増する方針を決めた。市場調査の結果、予想を大幅に上回る需要が見込めると判断したため。生産拠点である甲府工場(山梨県中巨摩郡玉穂村)の設備を急きょ増強し、発売時期に間に合うよう生産体制を整える。
 この超薄型電卓は厚さ〇・八ミリメートルの「SL―800」。部品をすべてフィルム化し、生産工程を完全に自動化できるのが特徴。カシオは約三億円を投じて甲府工場内に試作生産ラインを設けているが、同電卓の本格生産開始に伴い約六億円をかけて設備を完成させることにしていた。急きょ生産量を倍増させる方針を決めたことにより設備拡張の必要があるが、追加投資額は今のところ未定。
 カシオが予定している価格は国内六千円、米国二十四ドル九十五セントで、八けた演算用の電卓にしては既存製品(小売価格二千―三千円)に比べかなり高い。このため同社は当初、自動生産機種としては控え目の月産十五万個という計画を立てた。
 これは超薄型電卓の購入者は既存のカード型電卓を持ち歩いているビジネスマンが大半を占め、しかも買い替え需要が中心になると予想していたことも一因。しかし市場調査の結果、商店、主婦、学生などを含む幅広い層からの需要が期待できるとともに、買い増し需要が中心になるという見通しを得たため生産量修正に踏み切った。
 カシオの電卓の生産量は現在、月間約二百五十万個で、このうちカード型は同五十万個。超薄型の市場への投入によって既存のカード型の需要減少が予想されるので、発売当初の段階で早くも超薄型の販売量がカード型全体の四〇%前後を占めることになるとみられる。


(資料出所) 松本裕之 答え一発!カシオ計算機 (花華留多)