その他のメーカー1





    Bell Punch

    世界で最初に電卓を開発した英国の企業。



Phote courtecy : Mr.Hans Bloemen

Anita MKZ (Bell Punch)

 世界で最初の電卓は、英国の Bell Punch社が発売した Anita Mk Z及びMk 8といわれている。
 同社は1956年から電卓の開発に取組み、1961年ロンドンで開催されたビジネスショーにおいて、Anita Mk Z、Mk 8を発表し、1962年に入ってから実際の受注を開始した(Mk Z、Mk 8は、販売先ごとに分けられたもので、ドイツ、オランダ、ベルギーなど大陸向けがMk Z、その他の地域がMk 8として販売された) 。

 この電卓は機械式計算機の歯車を真空管に置き換えたもので、図体は極めて大きく、重量も14キロもあり、なおかつ非常に高価だった。しかし、電子式のため機械式のような騒音が出ることなく、かつ計算速度が速いことから大きな反響を呼び、その後の電卓開発のきっかけとなった。
ちなみにAnita は、"A New Inspiration To Arithmetic"または、"A New Inspiration To Accounting"の略である。
大きさ 376(W)×450(D)×255(H)mm。
重量  13.9kg。
当時の価格 約 $1,000




    大井電気 (Oi -Electric)

    大井電気は通信、制御機器の専門メーカー。1949年東洋通信機工業から、当時電力搬送の第一人者であった石田寛をはじめとする技術系の人たちがスピンアウトし、発足したベンチャー企業あり、常に技術的に新しいものへ挑戦していく雰囲気があった。

    同社は1962年の終りから社長以下全力で電卓の開発に取り組んだ。この結果、1963年8月に日本で初めて電卓の試作に成功した。これは直ちにアレフゼロ101として商品化され、大学の研究室などに販売された。
    その意味でアレフ・ゼロはわが国で最初に市場化された電卓であるといえる。



Phote only 大井電気所蔵のアレフゼロ101


雑誌の表紙に掲載されたアレフゼロ101
電気通信学会雑誌 昭和39年5月号

アレフゼロ 101

アレフゼロ101は、トランジスタではなくパラメトロンを約1700個用いていた。パラメトロンは東大の高橋秀俊教授により開発された素子であり、多くの電力を必要としたものの、トランジスターより正確で製品寿命が長いといった特徴があった。またテンキー操作を採用し、四則演算、一定数乗除算、累積、自乗、開平、組合演算などが簡単な操作でできた。特に、従来手間のかかった開平演算は、ワンタッチで計算できる特徴を持っていた。また浮動小数点を採用しているので、小数点の位取りは自動的にできた。

大井電気は1000台のアレフゼロを製造・販売したが、その後1970年電卓販売から撤退した。アレフゼロ101は現在大井電気本社に展示してある。

アレフゼロ101の仕様
計算容量    加減算 10桁  乗算 20桁  除算 10桁(剰余10桁)  開平 9桁
消費電力    300W
大きさ      550×520×380mm。
当時の価格   80万円



    内田洋行



ユーザック 10B

1967年6月に発売されたオールIC電卓。
演算回路を全面的にIC化した電卓としては最初に発売された。
235,000円。
330(W)×197(H)×415(D)mm。9.5kg。







    日本通信工業(日通工)




Phote

エポック-20

通信機メーカーである日通工が製造したオールIC計算機。
全て同社が開発したICを使用しえている。
乗算は20桁、除算は10桁まで計算可能。
定数乗算や混合計算が可能。完全自動小数点方式。
189,000円。
270(W)×170(H)×390(D)mm。7kg。







    IME

    イタリアのメーカー。



Phote courtecy : Mr.Frank Boehm

IME 26






    日本コロンビア

    1968年より電卓の生産を開始した。国内向けには「コルカ」、海外向けには「デノン」というブランドで発売した。当初、製品の性能面で好評を得て順調な滑り出しだったが、1971年秋以降電卓の価格低下により苦境に陥った。


コルカ 61-A

1969年頃発売された。
当時の価格は265,000円。
LSI採用。√キー付き。






    Burroughs




Phote courtecy : Mr.T.Yoshida

C3120








    Daiei

    電卓市場が急拡大する中、様々な企業がこの分野に参入した。
    ダイエーもそうした企業の1つ。BUBUというブランド名で数種類の電卓を発売した。製造はクラウンラジオが担当した。





日本経済新聞の広告(1972年7月1日)

BUBU 80X

電卓市場が急拡大する中、様々な企業がこの分野に参入した。ダイエーもそうした企業の1つ。BUBUというブランド名で数種類の電卓を発売した。製造はクラウンラジオが担当した。
BUBU 80Xは1972年に発売された。19,800円と初めての一万円台の価格を実現した電卓である。
CPUはテキサスインスツルメント社製 TMS0105 。8桁のディスプレイには独立した9本の表示管を使用している。



Phote courtecy : Mr.Toshiro Hata

BUBU 100X

80Xと同じく1972年に発売された。
26,800円。






    三和プレシーザ (Sanwa precisa)

    1974年のビジネスマシーンズ・イヤーブックによると、当時三和プレシーザは従業員400名位の規模の計算機を取り扱う会社で、取扱商品としては、90%が電子式卓上計算機、10%が計・加算機となっている。また、卸・直販の比率は30:70、仕入先はゼネラル・自社生産となっている。


Phote courtecy : Mr.Toshiro Hata

Precisa GS-12

1969年発売。


Phote courtecy : Mr.Toshiro Hata

SANDER GE-12 (SANPLAI KOGYO)

SANPLAI KOGYO社へのOEMマシン。

(→ GS-12



Phote courtecy : Mr.Toshiro Hata

Precisa GS-88

1972年発売。


Precisa M-12

三和プレシーザ社製のデスクトップ電卓。ビジコン社のOEM。世界でワンチップLSI MOSTEC MK6010を搭載している。





Precisa SP-12MR (Sanwa precisa)

三和プレシーザ社製のデスクトップ電卓。日本製。





President

8桁ポケット電卓。CPUには 「LC1552B 7420」の文字が見える。基盤の裏には「4700521」とスタンプが押してあり、この電卓が1972年(昭和47年)にできたものであると推察できる。











    SANPLAI KOGYO / SANKIDEN




Phote courtecy : Mr.Toshiro Hata

SANDER GE-12

三和プレシーザ社からのOEMマシン。ベースはPrecisa GS-12。
1969年発売。


Phote courtecy : Mr.T.Yoshida

Sander GE-12MP

三和プレシーザ社の Precisa GS-12PD と非常に似ていることから同社からのOEMとみられる。







Phote courtecy : Mr.T.Yoshida

Sander SS-122A









    Unicom Systems




Phote courtecy : Mr.T.Yoshida

Unicom1212







SEIKO S-100

SEIKO S-100
SEIKO S-100s
SEIKO S-200D
SEIKO S-301